神様とご先祖様の本質的な違い

以前にも紹介しましたが、

おじいは、もし願いを叶えたいなら
「神様よりもご先祖様にお願いしたほうがいい」と言います。

理由を端的に言えば、
「ご先祖様のほうが時間差が少ないから」ということで、

その時間差がどれくらいなのかは、
こっちと向こうで「時間の壁」があるので厳密には言えないようです。

そして本質的な理由は
「内側か外側か」の違いだと言います。

どういうことでしょうか?


何でもいいけど、
神様にでもご先祖様にでも「お願い」をするとしよう。

一昔前は「ご先祖様にはお願いをしてはいけない」
という観念があったようだが、それは関係ないよ。

そのとき、その対象は「自分以外の何か」を想定しているよね?

でも神様は人の誰もが持っている魂の上位エネルギーだから、
神様は「自分以外の何か」ではなく「自分の内側の何か」になる。

つまり「自分以外の何かにお願いしよう」という外的要素・要因を前提にした祈願だと、
それは神様ではなくなる。わかるかな?

だから、お願いをする対象が「自分以外の何かだ」と思い込んでいるなら、
ご先祖様は「自分以外の領域」にいるから「伝わりやすい」ってこと。

神様とご先祖様が自分の本質的要因(魂)の
内側か外側のどちらに属しているかって意外かもしれないけど、
とても大切な本質論なんだよね。

魂を「分け御霊」とか「内在」とか「内なる神」というのはそういうことだから。


じゃあ、神様にお願いするときはどうか?っていうと、
神前は「自分と向き合う」ことと同じだから「自分ありき」であり、
イニシアティブは自分にあって神様にはないってこと。

簡単に言えば、神様へのお願いは自分の本質へのお願いであり、
問いかけであり、宣言ということ。

わしはどちらが良いか悪いかなどという優劣は付けないが、
自分の精神性を見極めたときにどっちが相性が良いかは
自分で判断すれば良いと思っている。

なんであれ、自分以外の(霊的)領域で
自分に一番近い霊的存在はご先祖様だしね。

「じゃあ、目的に応じて対象を使い分けてもいいのかな?」と思うかな。
それは個人の自由になるね。